気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (16)再編集版

気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました
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 お姉様の婚礼が終わった。嫁ぎ先の侯爵家はお父様の家からそう遠く離れていない。もちろん、生活があるから出仕時間を一時間遅らせた。すると、今度はお姉様が妹といる時間が減ると言って抗議する。
 いや、新婚生活を満喫してもらわないと、と言って無理矢理遅くしている。あんまり早めたら遅くするために私がとことこ歩いて行く、と言えば収まった。私もあんまり熱々のカップルの朝に出くわしたくはない。結婚してもまだ恋煩いのようなカップルなんだもの。目の毒だわ。特に、ウルガーには。予告なしのちゅーが増える増える。そのたびに私はぐったり。ウルガーには節操がないの? と聞くとない、と答えが返ってきた。もともともうこの華の宮の女主人とお母様からお墨付きを頂いて、もう結婚したも同じになっている。お手つき噂より質が悪い。もう婚礼の夜を迎えてもおかしくはないと言った具合だ。そしてお世継ぎ切望伝説が生れている。ちょっとまて、と私は言いたい。この年で産むの、と。
 一年間行方不明だったから今は十七。そしてこの間また一つ年を取って十八になったものの。心はまだ乙女のまま。急に成長なんてできないわ。
「どうしたんだい? 急に難しい顔を為て」
 東屋でヘレーネを側に従えて果物を食べる手を止めていると仕事を持ち込んだウルガーが聞く。キンモクセイの宮は今はお姉様とお兄様の逢い引きの途中。寝ても覚めても離れがたいと言ったアウグストお兄様が押しかけてきたのだ。ので、私とウルガーは東屋に逃げ込んだ。大人の恋愛なんて、見せたらウルガーが節操なしになるもの。もちろんお盆は大小持ってきてる。予告なしのちゅーにも対応が出来るようになってきている。
「婚礼はまだなのにお世継ぎ切望説が出てるのに辟易してるのよ。まだ、恋の途中なのに」
「そうだったね。まだ、デートもあまりしてないね。そうだ。今ならフローラ夫婦は熱々のまんまだ。今のうちにアルポじいさんに会いに行かないかい?」
 その言葉に思わず立ち上がる。愛犬ヘレーネが何事かと顔を見る。
「ヘレーネの散歩ついでに行きましょう。でも、お金がないから絵本が買えないわ」
「母上が、お小遣いならくれるって言ってたじゃないか。もらいに行けば?」
「催促しに行くの? それこそ失礼じゃないの?」
「いや、来てくれるのを待っていると思うよ。迎えに行くのと出てきてくれるのは違うからね」
「じゃ。この果物を持って会いに行きましょう。おやつを持ってきたというお使いよ」
「ゼルマは何かしないと落ち着かないんだね。人に与えるものがないと。もう一杯もらってるのに」
「一杯?」
「話しながら宮殿に向かおう。ヘレーネおいで」
 書類の山を抱えてウルガーは歩き出す。私はお母様の好物の果物を持つと後を追ったのだった。
「ウルガー! 待ってー」
 ほぼ、華の宮しかしらない私はさっさと歩くウルガーについて行くのに必死。普通恋人と一緒に行かない?
「あ。ごめん。さっさと歩すぎたね。考え事をしていたから」
「考え事?」
「婚礼の日を遅らせる事はできるかな、と」
「遅らせるの?!」
「進めると思った?」
 にやり、とウルガーが笑う。
 ばこん。
 お盆の音が炸裂した。
「もう。予告なしのちゅーでもそれじゃ、何も出来ないよ」
「できなくていーのっ。で、どうして遅らせるの?」
「毒盛り人間が特定されてないからね。何があるかわからない」
「なるほど」
 二人で考えながら歩くと宮殿にたどり着いた。思わず、頭を扉にぶつける。
「いたーい」
「それ、俺のお盆の時と思って」
「そんなにきつく殴ってないわよ」
「いーや。思いっきりぶん殴ってる。この貴重な頭がどうにかなったらどうしてくれるの?」
「もともと頭にお花が咲いているって言うことになってなかった?」
「そーいや。そうだね。ゼルマのおかげで医術も解禁だし、お花の頭は信じてもらえそうにないよ。もう」
「そうなんだ。苦労したね。ウルガー」
「誰のせいだと思ってるんだい。誰の」
 痴話げんかが始まりそうになったその時、まさに救いの女神様のお母様が階段を降りてきた。
「声がすると思っていれば、ウルガーとゼルマじゃないの。華の宮から出てどうしたの?」
「お姉様とお兄様が熱々すぎて・・・」
 ほとほと困ったという風に言うとお母様が苦笑いする。
「あなた達には刺激が強すぎるわね」
「はい。それで東屋に逃げ込んだのですが、ウルガーがアルポおじいさんのところへ行こうと、言って。でも、私、お金を持っていないので。そういえばもらいに行けば、と、ウルガーが。失礼なのは重々承知してるんですけど」
「ああ。金額も一定の方がいいかしら? 基本華の宮のお金は一括管理されているけれど、あなたへのお金は考慮外だったわね。宮で好きな物を言えば買えるけれど、あなたはそういう性格じゃないものね。さぁ、こちらへ来なさい。私の昔のドレスもあげるから、持って帰りなさい」
「母上! ドレスを持っては街に行けません!」
「だったらウルガー一人で行ってきなさい。母は娘が訪ねてきてくれたのだから大歓迎で見守るわよ」
 後ろでウルガーがうなる。
「ヘレーネと勝手に行ってくる」
「待って~。買えなくてもいいわ。一緒に行くっ」
 私がたちまちウルガーの元へ戻るとお母様がため息をつく。
「あなた達も新婚並よ。あとで遊びに来なさい。本はウルガーが買ってくれるわ」
「お母様!」
 ぱっと明るい表情になった私にお母様は頬にちゅーする。
「可愛い子。自慢の娘ですよ。さぁ、行ってらっしゃい」
「はい。行こう。ウルガー」
 遊びに来ていい、と言われただけであれほど上機嫌になる私をウルガーが不思議そうに見ている。
「母を追い求める心はお姉様と同じよ」
 そう言うとふぅん、とウルガーは言って私の手を引っ張って歩き出したのだった。
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