お姉様の婚礼準備が終わった。あとは良き日を判断して婚礼の日を迎えるだけだ。私の場合は、城下町を走る車、というか馬車というか、わけのわからない融合物体に乗ってパレードがあるらしく、その設計で宮殿の技術士達はてんやわんやの大騒ぎ。その間にも、ドレスやら日常に着る服やら夜着やらなんやら、採寸されて大いに疲れる。はては履く靴の材質まで決る。アクセサリーを見るときは心躍ったけれど、それも国の人の税金でまかなわれていると思うと複雑だ。私の物のようで、私の物ではない。お母様は気にしない方がいい、と言われたけれど、過去世でそう言う国に生れた以上、気にはなる。あちらでは税金が、税金が、と言われていた。かといって自分のお金はない。自分でまかなうお金がないことに痛感して愕然とする。ウルガーは俺が稼いでるから、と言ってくれたけれど。これじゃぁ、専業主婦で扶養に入ってる、という状態だ。どうしてこんなに過去世のこだわりが出てくるのか解らないけれど、自分のお金で自分の物は買いたいという気にはなっていた。 そんな、ある日。チャリーンとウルガーは私の手に小銭を落とした。 「お使い。付き添いありだけど。フローラの結婚祝いを買わない?」 「結婚祝い? もっとお金がかかるんじゃ・・・」 「ゼルマのお金で始めて買った物と言えば泣いて喜ぶよ」 「でも、このお金、私のお金じゃないわ」 「君のお金だよ。元、使用人達が君の婚礼祝いにって送ってきてくれたお金の一部だから」 「ああ・・・」 不意に涙が出る。置いてきてしまったみんな。みんなは元気かしら。 「泣いてちゃ買い物に行けないよ? そのほかのお金は君の花嫁のブーケに使うから。みんなの思いを受け取って」 「ウルガー」 ウルガーがそっと涙を拭いてくれる。 「さぁ。もう少しでフローラが出仕してくる。その前に抜け出すよ」 「って。ちょっと!」 ウルガーが手を引っ張る。すれ違いざまにフローラと出会う。 「ゼルマ!」 「ウルガーがいるから大丈夫!」 それだけ言うと初めての城下町へと繰り出していった。 ☆ 「わぁ。美味しそうなリンゴ!」 市場に来た私は目をキラキラさせているに違いない、と思いながら、品物を見る。 「ゼルマ! ここは食べ物の店。結婚祝いにリンゴ贈るの?」 「あ。ちがった。あかちゃんの服なんて売っている店などないの?」 「その小銭では無理だよ。こっち」 ウルガーが手を引く。引かれるままに来た所は本屋だった。 「ここは子供用の絵本を売っている本屋さん。ここでならそのお金で将来の姪っ子か甥っ子に絵本を買ってあげられるよ」 「まぁ。素敵! 絵本は大人になっても楽しめる物なのよ」 そんなことを言いながら過去世で読んだ本を思い出す。子供達は自然と無意識とつながっている。その絵本には大事な事が一杯載っているのだ。 「ほら。入るよ」 「うん」 引かれるままに来ると店主のおじいさんがにっこりと笑う。 「これまた可愛い姫さんじゃの」 「アルポじいさん。また来たよ。元気にしてる?」 「その子が結婚相手かのう?」 「まぁ。振られなければね」 「振るわけないじゃないのっ」 思いっきり足を踏む。 「強気な嫁さんじゃな。今日はウルガーが本を取りに来る日じゃないが・・・」 「この姫の姉さんが結婚するんだ。その子に絵本をね」 「それはいい。絵本はとてもいい魅力を持っている。子供が読んでも大人が読んでもいいものじゃ。ゆっくりお探し」 「ありがとう。アルポじいさん。さ。探すよ」 「この絵本の館すごいわね」 私は夢中になって本を見る。自分が贈ると言うことを忘れ一心不乱に読み出す。 「ゼルマ。自分の本を買いに来るならまた今度でいいから。贈る物を探さないと時間がないよ。これなんかどう? この国の神話が語られている」 「ふーん」 そう言いながらページをめくる。綺麗な装飾された絵本に神話が簡単な言葉で書かれている。 「綺麗ね。私が欲しいぐらいよ。これに決めた。アルポおじいさんー」 私が動くとさっきまで築いていた絵本の山が崩れた。 「あ。ごめん。ウルガー」 絵本の山の中からウルガーが出る。 「よくこんなに読んだね。君がこんなに本が好きだとは知らなかった」 「絵本だから読めたのよ。さぁ。お会計済ませましょう。とその前にお片付けね」 ちら。とアルポおじいさんに見つめられて放置するわけにはいかなかった。自分で散らかした分は片付けましょう。来ている子供達を見習って私達も片付けた。 私とウルガーは絵本を買って宮に帰った。帰ればお姉様とアーダのきつーいお灸があったけれど、それがあっても今日のお買い物は素敵だった。何を言ってもにこにこしている私にみんな不思議そうに見る。一人ウルガーだけが満足そうに私の顔を見つめていた。 ☆ フローラお姉様の婚礼の日がやって来た。二度目といっても一度目は意に沿わぬ婚礼。今度は相思相愛の婚礼。まさかあのアウグストお兄様が妾や側室をやたら持つとは考えにくかった。それほどお固い方なのだ。 こんこん、と花嫁の部屋をノッちゅーる。お姉様が返事する。そっと開ける。だけど、持っていた絵本の包みを落っことした。 「お姉様! 綺麗! どうしてそんなに綺麗になれるの?」 「ゼルマ、絵本を落としたよ」 後から入ってきたウルガーが拾って渡す。 「あ。お姉様があまりにも綺麗で持っているのも忘れたわ」 そう言って落っことしたプレゼントを持ち直す。 「なぁに。それは」 にこやかにお姉様が聞く。その美しさにぽーっとなる。 「ゼルマ。君が結婚するのは俺だよ。フローラと結婚しないでくれ」 「あ。また、ぼーっと。アウグストお兄様に渡すには惜しいわ」 「ゼルマとは結婚できないもの。何時までも可愛い妹でいて」 「ええ。これ、絵本なの。初めて自分のお金で買ったの。大人でも楽しく読める絵本よ。いつか赤ちゃんができたら読んであげて」 「まぁ。ゼルマ。なんて可愛い妹なんでしょう。初めてのお金を自分のために使わないで姉のために」 私を抱きしめてぽろぽろお姉様が泣く。 「こらこら。花嫁の姉を泣かすのは良くないぞ。フローラ。ハンカチだ」 「お父様!」 姉妹揃って声を上げる。その様子に場が和む。 「ゼルマ。自分のお金というと、ウルガーが言っていた故郷の使用人達が送ってくれたお金かい?」 「ええ。あとは私のブーケに使うんですって。みんなが結婚すると聞いて送ってきてくれたの。私は働いていないからそんなお金持てるなんて思わなかったわ。とっても嬉しくて。そしてウルガーもちゃんと私の納得できる使い道を教えてくれたの」 「それは良かった。ゼルマも働いているのだよ。王族の勤めを果たすということを。華の宮で出仕させている者に給料を払っているのだからな」 「それは国王陛下や王妃殿下の仕事よ。私は何もしてないわ。仕事と言うことは何もしてない。働き口があればいいのに」 不満げに言う私にお父様が言う。 「よく聞きなさい。華の宮の主人は王の跡継ぎとなる子を産む役目を持っている。それだけで十分、仕事なのだよ」 「でも、娘ばっかり産まれたらどうするの?」 「養子でもなんでもとるさ。俺は娘の方がいいから」 その言葉に私は真っ赤になる。そこへお母様の鉄拳制裁が下る。 「何を言わせてるのですか。ウルガーは。そんなことは心配する必要はないのよ。ゼルマ。あなたの存在があなたの故郷との外交にも役に立っているのですから」 「外交に」 どうやら内外で役になっていることは立っているらしい。実感が伴わないんだけど。 「お小遣いが欲しいならいくらでもこの母にいいなさい。いくらでもというわけにはいかないけれど、本を買う程ぐらいなら上げられますよ。行ったのでしょう? 本屋に」 「はい。可愛い絵本がたくさんありました。そして人生の指針とも言うべき賢い絵本も。宝の山でした」 そう、とにっこり笑って私を軽く抱きしめると、今度はお姉様を抱きしめる。 「一度目時はひどいことになったけれど、アウグストならきっとあなたを幸せにするわ。一度目に入ったものに一筋だから」 「はい。王妃様」 「あなたもゼルマの姉なら義理の母ですよ。お母様と呼んで」 「お母様!」 お姉様の母への思慕が思わず出た瞬間だった。それを優しく見守るみんな。みんな、幸せになって欲しい。そう簡単に幸せは来ないけれど。二つ良いことないけれど、二つ悪いこともないわ。どこかで知った言葉が浮かぶ。瀬里の読んだ本の中なのね。静かに思っているとウルガーが抱き寄せる。 「また、過去世か?」 「うん」 「つらいな」 「自分で選んだ道だもの」 そこ、とお母様の声が飛ぶ。 「花嫁より幸せに浸ってはいけませんよ」 「はぁい」 二人して返事して周りは小さく笑ったのだった。
気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (15)再編集版
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