とびっきりの恋をしよう! 第一部 第一話

太陽と月の永遠回帰の神話
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とびっきりの恋をしよう!

第一話 乙女は少年に出会う

佐和子は普通にのんびりと歩いていた。暑い夏がやってくる。うっとおしいことだと思いながら歩いていると浮遊感に見舞われた。
「?」
 不審に思って下を向くと真っ黒な穴から人の手が出てきた。すぐにどこうとするが手につかまる。
「いや。離して」
恐怖から声がでない。抗議の声もかすれている。手は佐和子を穴の中に引き込もうとする。佐和子が抵抗すると強く握ってくる。
「やめてー!!」
 佐和子は叫んだ直後意識を失った。

 「おい! おい!」
 同じ年頃であろうか。少年の声が聞こえてくる。体をゆさぶられ、気がだんだん目覚めてくる。気を失う前の恐怖を思い出し、叫んで飛び起きた。
 恐怖から両手で体を抱き締める。
「お前。大丈夫か? 変な気でもあるのか?」
 ぶしつけに聞いてくる少年になによ、と抗議する。
「なにももないだろうが。いきなり・・・お前震えてるのか?」
「?」
 先ほどの恐怖が戻ってきたのだろう。体ががたがた震えていた。両手で自分を抱き締める。ふぁさと何かが降ってきた。
「お前。熱でもあるんじゃねーの? とりあえずこれ着な」
 かけられたものはケープのようなものだった。
「ここはどこ? さっきの手は・・・」
「手?」
 男の子の眉間にしわが寄る。とたんに佐和子の手をつかんだ。無理やり立たす。
「城に戻るぞ」
「城?」
「いいからつべこべいうな。ブス!」
「なんですってー」
佐和子が癇癪玉を爆発させるが有無を言わさず、少年は歩く。早くてついていくのが必死だ。いきなり馬にのせられ先ほどの芝生からはどんどん遠ざかっていく。
 不安に駆られるが、男の子は一応助けようとしてくれているようだ。なんとなくそんな気がして佐和子はおとなしく馬に乗ることにしたのだった。
 佐和子が馬に限界を感じていたころそこはようやくたどり着いた。 
 城というには小さい建物である。その中に馬を下りた二人は突き進む。正確には男の子だけである。
「ちょっと。痛いってば」
ぐいぐい手を引っ張られて佐和子は抗議する。意外にも謝りの言葉が返ってきた。
「わりぃ。ちょっとばかり気になったことがあってな。もうすぐ事態に詳しいやつに会える。少しゆっくり歩くから」
 わかった、と佐和子は言って小さな声でありがとう、と言った。聞こえているのか聞こえいないのかはわからなかったが歩調がゆっくりになる。
 ほどなくして黒い扉を少年は開けた。
 部屋は真っ暗だったが星の光のようなものがあちらこちらにちりばめられ輝いていた。その中にさらに天幕を張った中に一人の人物がいた。銀糸の長い髪を持ち紫の怪しげな瞳を持つ女性なのか男性なのかわからない人間。
「おい。レガーシ。腕にこいつがつかまれたって」
ずこずこ人物の前に行っていうと佐和子を指さす。
「ミス・サワコでしたね。黒の魔術はもう感知済みです。すぐにこの国に引き戻すので精いっぱいでした。すみません。荷物はありますから安心してください」
「で、どこのどいつがやらかしたんだ」
「レン皇子。まだわかりません。引き戻すので精いっぱいでしたから」
「引き戻す? 私を引っ張った人がいるの? 帰れるの?」
 佐和子が必死に言葉をたぐるとレガーシと言われた男性は悲しげに目を伏せた。
「わかりません。この魔術は禁忌の術。どうやって元の世界に帰れるかはこれからしらべないと」
「とりあえず。帰れることは帰れるのね?」
帰れないといわれるのが怖くて念を押す。レガーシは悲しげな雰囲気を出しながらただただわからないという。
「わからないじゃ話にならないじゃないの!!」
佐和子が怒鳴ると部屋の星がちかちか瞬いた。
「サーコ?」
 レンが何か言いたげに名前を呼ぶがいきなりの愛称よびに佐和子の癇癪が飛び出す。
「誰がサーコよ」
「佐和子だからサーコで悪いか。こっちの方が言いやすいんだよ。ブスのサーコ」
「なにー。オレ様皇子が・・・あーだーこーだ、つべこべいうのよ」
 もはや痴話げんかの始まりである。いつの間にここまで仲良くなったのか。レガーシは少々、困った顔で二人を見つめる。佐和子は国の行く末を決める娘。そこまではレガーシも知っていたがその後のことはしらない。ややこしいことにならないといいが・・・。
「とりあえず。佐和子様の身元は私が引き受けましょう。レン皇子もご内密に」
「なんだ。内緒にしないといけないのか?」
がっかりした様子のレンに佐和子は突っ込む。
「ブスなんだから関係ないでしょ。レンはきれーな女の子といちゃいちゃいしてればいいのよ」
「俺様が最初に見つけたんだ。どうしようが勝手だろうが。ブスのサーコ」
「しつこい。ブスブスいうなら家出してやる」
 過激な発言にこれはレガーシも困り果てる。
「佐和子様。困るのでそれはやめてください。わが国の貴賓にあたる方を失えば国の大損失」
必死で止めようとする。
「レガーシもつべこべいうんじゃないわよ。二人してブスブス言うなら勝手にするからね」
「私はブスとは言っておりません。レン様が独りで佐和子様をいじめているだけです」
「なんだよ。俺だけのせいにするのか。どうせレガーシもサーコを利用するぐらいしか考えてねーのに。俺はサーコにそんなことさせない!」
言うだけ言うと恥ずかしかったのかレンは部屋を飛び出していった。
「レン!!」
「皇子です」
「そんなのどーでもいいわよ。レンの様子がおかしいわ」
「年頃の少年ですから」
 にっこり笑って言うレガーシにこの微笑みでどれだけ騙された人間がいるか哀悼の念をささげるしかなかった。
 レガーシもレンの言葉にはなにやら怖いものが潜んでそうだった。知りたいような知りたくないような気持である。知ってしまえば後には引けない。そんな気がしていたのだ。
貴賓やら星のまたたきで驚くやらなにが悪いのよ、と佐和子は心の中で突っ込むしかなかった。さっきまでいたレンがいないとさみしい空間になっていることに佐和子はようやく気付いた。結構レンを頼りにしていたようだ。
「当分は私の弟子ということにしましょう」
 レガーシが言って佐和子ははっとする。
「何か悪いことなの? 私」
「いえ、そうでもありませんが自分の世界に帰るおつもりならその方がよいのです。城に知られたら大事になるのでね」
 貴賓とか言ってたっけ、と佐和子はレガーシの言葉を反芻する。城にはいい客なのに秘密にしないといけないというのは何かあるのだろう。帰れないのは困る。ちらと脳裏にレンの顔がうかんだが相変わらず悪態をついているレンしか想像できなかった。それでもさっきの痴話げんかしている方が落ち着く。レガーシの瞳は摩訶不思議で何を考えているかわからない。なんとなく警戒してしまう。
「佐和子。そんなにあわてなくても大丈夫です。きっとご両親の元へお返ししますから。そのための弟子なのですから。それでは私もこれからサーコと呼びましょうかね。レン様が怒るような気もしますが貴賓扱いではばれてしまいますからね」
「あ、はい」
またサーコと言われて胸がきゅっと小さく痛くなった。あのバカ皇子がなにか落としていったようだ。強引な皇子様。絶対長男じゃないわね、と佐和子は踏んでいる。ちょうど三男辺りで甘やかされてきたのではと分析していた。でも困ったときには助けてくれる。歩調を合わせてくれた。あの短い時間に見せてくれた優しい一面に佐和子はひかれ始めていた。
だけど、家に帰る。この目的の前ではあってはならぬ感情だった。どうせ別れないといけない。束の間の恋愛はいやだった。失恋確実の初恋だった。初恋って失恋するから初恋なのよね、つらつら考えているとレガーシが衣装を持ってきた。
「男の子用ですが背格好はあわせました。向こうの部屋で着替えてきてください」
「男装するの?!」
 あまりのことに声を失う。何度目だろう驚くのは。
「いえ、男の子用しかないだけです。その長い髪は結わえてもらわないといけませんが。そうですね。着方がわからないでしょうし口の堅い女官を呼びましょう。サーラ」
レガーシが名前を呼ぶと夜空を身にまとったような女性がやってきた。
「レガーシ様お呼びでしょうか」
「この子に弟子用の衣装を。髪は簡単に結わえてあげてください」
「御意」
 サーラは一礼すると扉を出ていく。
「さぁ。いってらっしゃい」
 佐和子は言われるまま着替えに行ったのだった。


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