気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (13)再編集版

気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました
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 王妃様は言いよどんでいたけれど、ついに口を開いた。
「私の一族は物語師と言って様々な物語を紡いで世界を動かす影の一族だったの。でも、その強大な力を恐れた人々は私の一族を抹殺した。唯一生き残った私は、この国の姫として養子で育った。そしてあなた達のお父様に嫁いだの。この国にはまだ物語師の影があるわ。誰かはわからないけれど、ゼルマ姫が書いた物語と、この世界の物語を結んだ人がいるわ。この世界のどこかに。そしてウルガーは闇を背負い、そしてゼルマ姫にであった。ゼルマ姫の書いた物語はウルガーとあった時点で変っているわね?」
「はい。本来なら国の王子様にダンスを申し込まれ結婚する筋書きでした。でも父が毒殺され、その借金のカタに私はウルガー王子と結婚の約束をしました。でも、今は愛しています。最初は形だけだったウルガーの闇を知って助けたいと思いました。私の描いた物語とは違うけれど、このままウルガーが幸せになってくれれば、と。途中でフローラお姉さま達のルーツもこの行方不明の間にわかりました。私は瀬里という女の子で花織という姉がいました。だからフローラ。どこかに私の家族のルーツがあります。ここまで書いていないのに、なぜか符合します。おかしいことだと思うのですが」
 そう、と王妃様は頷く。
「そうね。描いていない人物のルーツがあるのはおかしいわね。でも、あなたの描いた筋書きを書き換えた人がいるのよ。この国のどこかに。これまでの物語もその人物の手で描かれていた。そしてそこへウルガーが手を入れてあなたは戻ってきたのね」
「はい。元の世界戻ると、私の書いていた紙は白紙になっていました。そこへエリシュオン国の文字が浮き上がったのです。ウルガーの心の叫びでした。私は今までの生活よりもウルガーを選びました。ここへ戻りたい、と願いました。そして現と夢の分岐点でレテ姫と出会い、どちらに行っても悲しみも怒りも憎しみもなくならないと言われました。それでも行くの? と。私は夢のこの世界を選びました。夢の世界、それは私の心の奥底の世界。いずれウルガーと添い遂げて死を迎えれば元の世界に戻れると思っています。だから、今はウルガーと一緒にいたい。結婚して子供を産んで、育てて、そしておじいちゃんおばあちゃんになるまでずっと幸せに生きていきたいんです。ウルガーを愛してしまった私にはこの道しかないのです。幼馴染みの虎雄お兄さんはウルガーじゃないんだもの。私はウルガーに会いたかったんです」
 ぽとり、と涙の滴が落ちる。それをウルガーがすくい取って肩を抱き寄せる。私はウルガーの胸にすがって静かに涙をながしたのだった。
「泣く必要はありませんよ。ゼルマ。いずれ戻ると知っているならそれまでを楽しみなさい。ウルガーと恋に落ちて結婚なさい。そして女性の経験する幸せを体験すればいいのです。物語を書き換えて邪魔をする人間はその内わかります。これまでもゼルマ姫を毒殺しようとしている人間もいます。その犯人を野放しにしては婚礼も安心して挙げられないでしょう。婚礼に必要なバイオレットウッド束を燃やすことも考えられます」
「王妃様! そこまでお考えが?」
「ゼルマ。あなたも考えていたのね」
「はい。この華の宮の中のみならず、お父様のお茶にも毒が盛られていました。物語師の思惑に沿わない形の人物がいるかもしれません。それともそれを含んで筋書きを変えようとしている人がいるかもしれません。でも。私は負けません。必ずウルガーと生涯を共にします。もう。恋に落ちてしまった。他の誰も見えません」
「ゼルマ・・・」
 ウルガーが抱き寄せてこめかみに唇をつける。すべてが愛おしいとでもいわんばかりに。
「母上。婚礼には準備も必要です。先にゼルマのご両親の葬儀の方を終えて喪から明けないと婚礼も何もありません。俺・・・私はいつまでも待てます。このゼルマと生涯を共に出来るのなら。犯人は見つけて見せます。レテ姫が父君の指示で夢と現の番人をさせられていると聞きました。そちらの方も検討せねばなりません。母の一族から別れた一族や闇に落ちた物語師を見つけないとこの人生は終わりません。どうか、母上は無理なさらず、この私達にお任せ下さい。私達は、これまで絆を深めてきました。アーダやエルノー、アルバンとフローラ達とも。これだけ優秀な人材が揃っていればきっとまた何か解るはず。それにフローラを危ない目に合わさないためにアウグスト侯爵も頑張ってくれそうですから。あぶり出すのに急ぐ必要はありません。待っていれば必ず出てくるのですから」
「そうね。焦って向かっていって間違った方向に行くよりかは、ましな方法ね。でも。その間、ゼルマの事を頼みますよ。ウルガー。大事な娘なのですから」
「王妃様・・・。娘なんてとても・・・」
「結婚すれば義理の娘ですよ。否応なしに。もう、結婚したのも同じ。あなたはこのエリシュオン国の王太子妃ですよ。もう。華の宮の正式な女主人です」
「王妃様・・・」
「お母様と呼んで。あなたにはこの世界ではお母様がいないのでしょう? せめてこの私を母と呼んで頼って」
「お母様・・・」
 ボロボロ涙がこぼれる。女手一つで育ててくれていた母を思い出す。
「辛いわね。お母様と会えないのは」
 王妃様、お母様がそっと抱きしめる。ウルガーとお母様と一緒に抱き合う。そこへ、国王様の咳払いが聞こえる。
「一人、忘れていないか?」
「王様?」
 きょとんとして見るとにっこり笑う。
「私もゼルマのもう一人の父だ。私にも娘を抱かせておくれ」
「父上はだめです」
 ウルガーが私を腕の中に確保する。
「どうして。同じ娘じゃないか」
「男はダメです。ゼルマは男は俺だけ」
 そう言ってぎゅっと抱きしめてくれる。その手に軽く手をかけて叩く。
「お父様にも抱きしめさせてあげて。娘となる儀式と一緒よ」
 私が優しく言うと、うなりながら手をほどく。
「お父様。どうか抱きしめて下さい。娘として」
「ゼルマ」
 お父様が、国王様が優しく抱きしめる。ウルガーとそっくりの感触。ウルガーはお母様似かと思ったけれど、お父様似ね。と、にっこりする。それをめざとくウルガーは指摘する。
「なに、笑っているんだ。父上、もう、十分でしょう。返して下さい」
 ウルガーが強引に私を奪う。
 不意に始まった不思議な話はいつしか親子の時間と化していた。亡き父に心の中で言う。お父様が二人も増えたわ、と。ゼルマは幸せ者です。みんなに愛されています。そう空へ向かって祈る。まるでそこにゼルマの両親がいるような思いで。空はどこまでも青かった。
☆

あの、真剣な話しの後、お姉様の見合いの続行が始まり、もう決ったも同然なのに、長々とお茶会になった。ウルガーは隣に私を座らせてお母様にもお父様からも遠ざけて文句を言われていた。
ようやく気持ちが通じ合った。そんな気がしていた。一方方向の気持ちは今まであったけれど、それが両方ともにある、と感じたのは今日が初めてだった。恋をするとふわふわする、と思っていたのはトリップの始まりだったから、この胸のときめきすら怖かった。それをウルガーは察してずっと手を重ねてくれている。この人と結婚するんだ、と思うと本当にドキドキする。胸の鼓動が伝わらないかしら、と心配になる。するとウルガーは耳元で言う。
「俺のドキドキ伝わる? 君を抱きしめたくてたまらない」
「ウルガー」
 そんなやりとりをしていると、そこ、とお母様の指摘が入る。
「今日の主役はフローラ姫とアウグスト侯爵ですよ。若い恋人ごっこは他の場所でなさい」
「それは困ります。ウルガーの理性が止まりません」
 お盆を用意して声をあげる。
「それはいけないわね。年頃の男の子は困った物ね」
「母上。一応、成人したのですが」
「私はまだ十六の気分よ。一年経っていて十七らしいけれど。大人の恋はまだまだ先よ」
「ちぇ」
 またウルガーがすねて皆、笑うのだった。
 つかの間の休息。そんな日だった。

 
☆

あれから、お姉様は婚礼の準備に忙しく、宮には来ることができなかった。いろいろ教えて貰おうとしていたけれど、それも出来ないから、アーダにとエルノーに一言言うと、実家になる屋敷に一人で歩いた。ほんの少しであの実家には着いた。玄関に現われた私に使用人が慌てる。すると、お姉様がバタバタとやって来た。
「ゼルマ! 一人で動いちゃいけないじゃないの。危ないのに!」
「だって。お姉様の婚礼の準備見なきゃ解らないんだもの」
 私はすねて言う。
「このことは?」
「アーダとエルノーに言ったきりよ」 
 そう言うと、お姉様は、まぁ、と声を上げる。
「今すぐ宮にもどりなさい。ウルガー王太子様が探し回るわよ」
「もう、見つけた」
「ウルガー」
 走ってきたのか、息が上がっている。
「一人で出ていったらダメじゃないか」
 そう言って腕の中に確保する。
「だって。お姉様、華の宮に来ないんだもの。だったら、私から行くわ」
 涙声になりながら言う。
「ゼルマ。そんなに私の事を想ってくれているのね。可愛い子。結婚しても宮には行くから。安心しなさい」
「お姉様に会えないのはやなの」
 安心しなさい、と言われたのに、まるで小さな子になったように私はわがままを言う。
 わかった、とウルガーが言う。
「会いに行きたいときは俺に言え。連れて行くから。俺なら護衛にもなる」
「王太子様!」
 お姉様が声を上げる。玄関でごちゃごちゃしているとお父様がやってくる。
「ゼルマ。どうしたんだい。泣いて。宮にいたのではないのかい?」
「寂しいから来ました。お父様にも会いたかったの」
 びえーん、と幼い子が泣くように私は泣きながらお父様の胸に飛び込む。
「ゼルマ! ・・・仕方ないか。ホームシックだな」
 ウルガーが肩に手を置く。
「ウルガー、ごめんなさい。行くって言ったら怒るような気がして。危ないって」
「危ないことは危ないが言ってくれたほうがいい。ちゃんと俺が送っていくから。ゼルマはまだ狙われている。俺か誰か護衛につけないと」
「お仕事の邪魔をしたくなかったの。どうしてこんなに子供みたいになっているのかもわからないの」
 まるで私の発する言葉は五歳の女の子のような物だ。
「いつも、みんながいたからな。ここ数ヶ月フローラと会っていないから不安になったのだろう。気にするな。その気持ちはわかるから。一人になったと感じる心のつらさは」
「ウルガー。ごめんなさいー」
 ウルガーの胸でえぐえぐ、泣く。
「もう数週間すればご両親の葬儀だ。その時まで涙は取っておくんだ。もう。泣かないの。俺のゼルマは」
 そう言って鼻頭をきゅっとつまむ。
「うん」
 そう言ってウルガーに抱きつく。
「ウルガー、好きよ」
「俺も」
 こほん、とお父様の咳払いではっと我に返る。
「家族に会いたがったり恋人に告白したり、と我が娘は忙しいね。お茶でも飲んでいきなさい。今度は、私が入れるから、毒が入るスキがない」
「お父様、お茶入れられるの?」
「それぐらいはたしなんでおかないとね」
 こうして久しぶりのお茶会が始まった。
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