気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (14)再編集版

気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました
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 その日はあつらえた黒い正装に私は身を包んでいた。今日は一年も経ってのお父様とお母様の埋葬式。二度と着ることがないよう願いながら身に纏っていた。
「ゼルマ」
 ウルガーが迎えに来た。エルノーも側にいる。アーダが裾を整えて私はウルガーに近づく。両手には遺骨と遺髪を持ちながら。
「どちらかは俺が持とう。俺にとっても両親だ」
「ええ」
 それ以上は言えなかった。悲しみが襲ってくるから。涙声になりそうだった。あの日の穏やかな死顔のお父様。そしして体はあの国だけれど、遺髪を私の嫁ぐ地へと託したお母様。思い出が駆け巡る。このときばかりはゼルマの思い出が心の中に一杯だった。作られたのではない、ゼルマとしての記憶。この感情を持つのが本来の私なのだ。
「ギンギョウの枝だよ。鎮魂の意味がある」
 ウルガーは私の手に小枝を握らせた。
「お父様、お母様・・・」
 ぽとり、と涙が落ちる。それを拭うとウルガーは私の肩に手を添えた。そのままゆっくり歩き出す。華の宮から遠い、王宮よりも遠い寂しい場所に王墓はあった。半地下になっているトンネルから入るとずらりとならんだ石棺があった。その列から一番近い所に小さな石の墓標が立っていた。ハルベルト・ラオフィ・オットー、ゲルトルーデ・ヘレーネ・オットーと二つ名前が刻まれていた。ああ、と思わず墓標に触れる。
「お父様、お母様・・・」
 悲しみの涙が流れる。
「さぁ、この石棺の中にお父様とお母様を納めてお上げなさい」
 お母様、王妃様が言う。床板を外したところに空間があった。ひんやりとした空気がやってくる。死者の世界だ。私はお父様の遺骨箱を納め、隣にお母様の遺言状と遺髪を置いた。床板が戻される。不思議な衣装を身に纏った神官が祈る。この国の死者への畏敬の念を込めた祈りだった。
「ゼルマ、ギンギョウの枝を供えて」
「ええ」
 先ほど渡されたギンギョウの枝をそえる。その場にいる者全てが供える。
「鎮魂の意味を含めて黙祷を」
 神官が祈りを終えて言う。
 私は自然と手をあわせて瞼を閉じた。あれからの事が走馬灯のように浮かんでいく。物語が、要所要所で岐路を変えていた。私の意思でないものが関わっていた。それを感じる。
 誰? 誰なの?
 問いかけてもその物語師は黙秘したままだった。
 どうして何も答えないの? 私に黙ったままなんて卑怯よ!
 レテがごめんなさい、と答えていた。
「レテ?」
「ゼルマ?」
 遠くでウルガーの声がする。
 いや、もう戻らない! 強く念じた途端、室内は爆発が起きたかのように発光した。
「ゼルマ!」
 また分岐点に引き込まれそうになった私の手をウルガーが握る。
「帰らないわ! まだ!」
 そう言うと光は収まった。いつしか私はウルガーの胸の中にいた。ウルガーの手が震えている。また、現に戻りかけた。そう、理解した。誰かが、これ以上、私をこの世界にいらないと思っている。だけど、私は帰らない。ウルガーと一緒になるの。レテ、ごめんね。心の中で言うとレテが、頑張って、と言っていた。これができる最高の抵抗だと。レテなりに抵抗させてくれたのだ。それだけでありがたかった。レテなりにウルガーの幸せを考えてくれているのだ。そこまで考えていると気が遠くなってウルガーの声が遠くなっていった。
私は寝台の上で目を覚ました。ベッドじゃない。ここはエリシュオン国。ほっとする。視線を動かすと疲れたのかウルガーが手を握りながら居眠りをしていた。
「ウルガー」
 ささやくように名を呼ぶと身じろぎする。
「寝てて。このままでいいから」
 そっと言ってその寝顔を見つめる。愛おしさがこみ上げる。ストライキを起こすほど、結婚なんて嫌だったのに、現実を捨ててまでウルガーの元に帰ってきた。そして戻そうとする力にあえて逆らった。これからも何度もあの力は体験するだろう。無意識の世界は甘くない。死と隣り合わせだ。実際に、私は命を狙われている。そこで命を落とすか、自死するか、寿命を全うするか、この三つの道に分かれている。
 お手つき、と言われて激怒したこともある。側室なんて、とも思った。でも思う。お手つきだろうが、曰く付きだろうが、訳あり姫であろうが、私はウルガーを選ぶ。彼の闇を払いきって生涯を共にするのよ。そんなことを考えていると不意に手に力がこもった。ウルガーが手を握り返していた。
 へー、と言う。
「お手つきでもいいの?」
 いたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「今の!」
「ゼルマの心の声が聞こえてきて目覚めた。そこまで思われちゃ、男としては・・・。いてて。母上、何もしませんから」
「では、今の言葉は何かしら? 婚礼前の乙女の寝所にいることを許したのは母ですよ。それを逆手に取るのはどうかしら? ねぇ。ゼルマ」
「お・・・お母様!」
「あなたがそれほどウルガーを想ってくれるとは想わなかったわ。あの本に書いてある試練を乗り越えてつかんだのね。愛を」
「ええ」
 涙ぐみながら答える。
「いつだって、ウルガーは優しく強い人でした。だから闇を抱えていても見捨てられなかった。私に出来る事があるなら全力でしたいのです。ウルガーの心を支えていきたいのです」
「ゼルマ。ありがとう。あなたにはこの母にもない愛があるのですね。この本ですよ。あなた達の試練が続々と書き込まれていたのは。今は真っ白。物語師は別の道を取ろうとしてるわね。こちらの物語を全部白紙にしようとしてあなたを元の世界に戻そうとして失敗した。一人の遺体が発見されてこの本が落ちていたそうよ。だけど、あなたの描いた話しをねじまけてもウルガーの心からの叫びの文字は消せなかったみたいね。しっかり残っているわ。この本がある限り、あなたはこの世界にいられる。ウルガーの強い想いがこもったこの文字があれば」
「頂いてもいいですか?」
 もちろん、とお母様は微笑まれる。
「あなたを求めた言葉ですよ。あなたしか持つ権利はありません」
「母上、書いた本人は?」
「共同で持ってるつもりでいなさい。そしてその想いを忘れないこと。どこかの国の好色王子みたいにならないようにね」
「あれは・・・!」
 二人で声を出して顔を見合わす。笑いがこみ上げてくる。
「ウルガー。やっぱりあなたが最高ね」
「じゃ・・・ちゅー」
 ばこん。
「痛い。ゼルマ」
「私じゃない」
「え?」
「はい。ゼルマ、あなたの大事な持ち物よ」
 ローズウッドのお盆が私の手に渡った。
「母上ー。そんな物返さないで下さい」
「何を言うのですか。いい大人がちゅー、などと」
「じゃ、予告なしで」
 ばこん。
 盛大なお盆の音が炸裂したのだった。

 私はしばらくそのまま喪に服していた。派手な色の服でない黒や灰色の服を着て金木犀の宮にいた。ウルガーは毎日カシワの宮から挨拶にくる。毎朝、新婚家庭よろしくほっぺにちゅー。これは流石にお母様似飽きられて勝手になさい、と言われた。もちろん、メンバー揃っての朝食時間も戻った。そこにアウグストお兄様も仲間入り。お姉様との婚礼が近いからもう熱々ぶりたたまらない。大人になるとみんなあんなになるのかしら?
 今日も展開される新婚家庭劇場に呆れているととんとん、と肩を叩かれる。ウルガーだ。
 ばこん。
 お盆の音が鳴る。
「ゼルマ。ほぼ反射神経でしてるね?」
「もちろん。でなきゃ、予告なしのちゅーだもの」
 そう。最近、ウルガーはご不満なのか予告なしのちゅーを度々仕掛けてくる。まぁ。お姉様とお兄様の熱い仲を見せつけられると流石に我慢が厳しいらしい。それぐらい、婚礼前なのにお姉様とお兄様は相思相愛だった。もう婚礼の儀式も準備もいらないのでは、と想うぐらいだ。そんなものとっくに飛び越えて家庭を作ってる。お姉様は婚礼の準備に宮を空けることもあったけれど、すぐに帰ってきてくれる。私が一人でとことこまた実家帰りをされては、と心配されていた。あの時は、本当に寂しくてどうにかなりそうだった。お父様とお母様の葬儀も済んでいなくて、気持ちに整理が付かないままお姉様がいなかった。人が欠けるということのさみしさに耐えかねた。
 それを気にしてかお姉様も宮に通うし、お兄様もウルガーと同じカシワの宮で仕事を始めた。ウルガーは何かと東屋に行こうやら、散歩に行こうやら二人きりを狙ってくる。別にいいけど、建前上はまだ未婚の乙女。軽々しく愛情交換などすることは出来なかった。もちろん、予告なしのちゅーも厳禁を下されていた。お母様がきっちりと見張ってくれている。私の方の婚礼の準備も密かに始まっていた。最初は壁の色などの話しから始まっていたから宮を改装するのかと思っていれば正妃好みの宮に変える必要があるから打ち合わせを進める、と言われて度肝を抜かれた。好みって、と。この華の宮はどの宮殿よりも大きい。そこを改装って・・・。期間を聞くとかなりの年数に渡ってかかるらしい。まずは私のいるキンモクセイの宮からだった。でも、私には何一つ変えたい物がなかったのでお母様は苦労していた。あれはどう? これは? と次々に質問が飛んでくる。それも全部今までと同じで、と同じ言葉を返す。こんな所にお金をかけるなら国の人に返した方がいい、とまで言ったけれど、他国に見せるための行事だと言われるとしぶしぶ変える方向に行くしかなかった。このままで気に入ってるんだけどな。
「ゼルマ?」
「あ。ごめん。何か話してた?」
「いや、物思いにふけってるなぁ~って思って」
「だって。政治のお金を私用で使うなんて無駄使いだわ」
「それが、他国を制する力となるとしても? 例えば物語師達に、とかね」
 へ?
 私は目をきょとんとさせる。いいかい、とウルガーが説明を始めた。欲求不満から来るながーい説教が始まった。というより暇つぶしが始まった。
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